帰り道
何もないところから
やってきた私たちは
何もないところへ帰っていく

遠足の行き道は長く感じるのに
帰りはなぜか短く感じる
1日が短く感じ出すのは
帰り道に差し掛かったからで
親の話をうんうんと聞けるのは
歳をとったから
今日も雑草は
切ったそばから生えてくる
本当は名前があるのに
呼ばれないのは
人間の都合
30歳最後の夜
6年前の今日は梅田に旅行。
5年前は脳内ショート寸前。
4年前は憧れの大阪に住んでた。
3年前は北海道に住んでいた。
2年前は高知県の川辺でタンを焼いていた。
1年前は地元に帰って除草作業をしていた。
今日は花火を見に行った。
行きの車は溜まったモヤモヤが爆発した。
普段思っているけど言えないこと、言っても仕方ないと思っていることが溢れ出た。言っても仕方ないと思っていることは、思ったより多かった。
何かを言う時に理解してほしいと思うことは多くなくて、逆に理解できないことを認めて欲しいと思っている気がする。
悩みは一人だけのことではなく、二人で考えらようになった。一生一人ただと思っていたけど、そうじゃない安心感 をかんじられた。その分ケンカもする。
生きる意味をずっと探している
23歳のあの時から
ずっと
生きる意味を探している
最近はそんなことないと
勝手に思い込んでいた
昨晩の言い合いのあと
この言葉が自分の口から出てきた
隠していた訳じゃないのに
気づかないうちに
見ないふりをしていた
不健全な形のなかにある
私の安定
生きる意味なんて
考えなくてもいいのかもしれないけど
考える癖はなかなか剥がれない
今はあなたが私の生きる意味です

なんだかちょっと
なんだかちょっと
いいことがあった日
私は空を見て帰る
誰もいない道で
ちょっとだけ鼻唄も歌う
なんだかちょっと
いやなことがあった日
私は地面の落ち葉を見て帰る
玄関のドアを開けて
大きな声で叫んだりする
上を見たり下を見たり
近くをみたり遠くを見たり
首はそのたんびに
上下に動く
いいこともいやなことも
首が凝らないように
どっちもがあって
どっちもあるから
いいのかもしれない
今日のあなたは
どこを見てましたか?
光の種
ごうごうと風が強く吹く夜
私は光の種を見つけました
音は耳から入り
気づくと頬に涙が伝っていました
異国の意味のわからない言葉だけど
意味などいらないというように
弦を弾く音を
声帯を震えさせて出す音を
病と戦っている体で舞う音を
私の中の何かにあたり
その何かが崩れ落ち
涙は床に落ちたのです。
人間は独りで暗闇にいますが
今この音をきくときは
そこに光が灯されます。
小さくとも明るく照らす
光の種です。
ただいま、と言えたこと
不器用な生き方をしてきた
傷つかないように
傷つけないようにと
空回りして傷だらけになる
もう帰れないと思っていた場所に
また
こうして立っている
おかえりと言ってくれる人たちに
囲まれながらすごす時間
離れて行っていたのは
いつも自分で
歩み寄れば
また
修復する傷もあったことを
知った秋

29歳最後の夜から30日午後
5年前の今日は梅田に旅行。
4年前は脳内ショート寸前。
3年前は憧れの大阪に住んでた。
2年前は北海道に住んでいた。
1年前はバンライフをしていた。
今年の9月1日は、別府の湯治旅館に相方と泊まっている。いろんなとこに住む生活から、一変して根っこをはやして生きる生活になった。野菜を育てて、梅干しをつくり、人づきあいをする。
自分にとてもあった暮らしを、とても安心できる相方とできている幸せを感じている。
たまたま持って来た谷川俊太郎さんの詩集の、たまたま開いたページが「どうして一緒にいるんだろ」だった。
本当にそう思う。でも、一緒にいてよかったと思うし、これから一緒に生きていきたいなと思う人に出会えて良かった。